名市大眼科 研究室だより

病院教授、就任のごあいさつ

平成24年4月1日付で名古屋市立大学 病院教授に就任させていただきました。

職名の変更以外、職務に大きな相違はありませんが、名誉ある職を与えていただきましたことで、改めて身の引き締まる思いがいたします。

私は非才で、特にめざましい業績を残してきたわけではありませんが、やはり長く勤務医として地道に臨床の仕事を続けてきたこと、小椋教授から学生やレジデントの教育係に任命され、これも地味ながら一生懸命長く続けてきたことをご評価いただけたのではないかと考えています。

もちろん、これまで眼科医として無事に仕事を続けてこられたのも最初に私を眼科に導いてくださいました本田孔士先生(前京都大学眼科主任教授、現サンスター財団理事長)、研修医以来今日までずっとご指導をいただいている小椋祐一郎先生、大学院で研究の指導をしていただきました吉村長久先生(現京都大学眼科主任教授)、留学中の恩師J Wayne Streilein先生(当時Harvard University眼科副主任教授 兼Schepens Eye Research Institute総長、故人)をはじめとする恩師の先生方や、同僚・先輩・後輩(特に名市大の医局員たち♡)、そのほかこれまで在籍した病院の職員の方々、患者さんたち、等々本当に多くの方々に育て、導いていただいたおかげです。深く感謝しています。家庭で支えてくれる妻や両親・家族にも感謝しています。

私が眼科医として過ごしてきたこの20年ちょっと、眼科の世界には多くの目覚しい進歩がありました。たとえば私の眼科入局当時、硝子体手術というのはとても難しい手術で、名人と言われるような先生方でなければ、なかなか治すのは難しいという時代でした。私個人としては今でも硝子体手術は難しい手術だと思っておりますが、その当時と比べれば、私たちのようなものが手術しても随分治療成績は良くなり、手術方法も洗練され、時間も短縮されました。それどころか、以前は治らなかった黄斑円孔が手術で治るようになったり、加齢黄斑変性に治療薬が登場したり、角膜のパーツ移植などという新しい手術も登場しました。失明率の高かったベーチェット病にもインフリキシマブという素晴らしい治療薬ができました。このようなすごい進歩を目の当たりにして、私には驚きと喜びの連続でした。また、SLOやOCTなどという、夢のような検査機器の登場、それに伴う新しい発見の数々にも私は心躍らせました。そしてまもなく、ノーベル賞のiPS細胞の世界初の臨床応用がまさに眼科で、それも日本で始まります。ワクワクが止まりません。(もう少し自慢を混ぜて話せば、ここで用いられる眼科領域のiPS細胞の研究は私の京大眼科の先輩、同級生が中心になって行っていて、手術は私が以前在籍した病院で先輩医師によって行われる予定です。)こんなに面白い眼科の世界を選んで本当に良かったと思います。

しかし一方で、私たちにも懸念はあります。最近眼科医志望者が減少していて、そのうえ若い先生方が大学病院離れをおこし、研究や留学を好まないということがいわれるようにもなってきています。

アジアやほかの新興諸国がどんどん力をつけてきている中、このままではそれらの国々に先を越されてしまうのは時間の問題です。これをなんとかしなければならないと感じています。

しかし、逆に言えば志望者が減っている今、眼科を選んでくれた先生方には大きなチャンスが待っています。やる気さえあれば、臨床でも研究でもいくらでも機会が与えられる時代であるとも言えるのです。幸い、私たちの医局には今のところたくさんの先生が入局してくださって、臨床や研究に元気に取り組んでくれています。

今後の目標のひとつとして、小椋教授とともに教室一体となって眼科をもっともっと魅力あるものとし、良い後継者を育成するお手伝いができればと考えています。

最後に私は昨年の春から健康のために生まれて初めてダイエットを始め、なんと今では30歳頃と同じ体重まで減らすことができました。(これを書いているのは平成25年2月です。2月2日に東海眼科学会でお祝いをしていただきました:写真)

その経験から、年をとっても頑張ればまだまだやれるんだという、少しの自信を得ました。ですので、これからも気持ちだけは若く持ち続け、眼科医として少しでも成長することを目指して、精進を続けていきたいと思っています。これからも一層のご指導・ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。


[2月2日の東海眼科学会でお祝いをしていただきました]

担当:病院教授 吉田 宗徳
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